【かいぬし手記】日本人差別に対する報復措置

【かいぬし手記】日本人差別に対する報復措置

※ 当記事は2015年8月27日に投稿されたものを、転載したものです。

 

 

かつての英国首相、チャーチルはこう言ったという。

 

「若くして共産主義に傾倒しない者は情熱が足りない。
年を取って共産主義に傾倒しているものは知能が足りない」

 

かくいうボクも高校生の頃は、共産主義の世の中こそ理想形だと考えていた。
貧しい人、困窮した人が存在しない、平等な世界。
それが実現できれば、共産主義はとても素晴らしい思想だ。
そう、それが実現”できれば”の話だけど。

さて、同じような考え方として、世界平和がある。
かくいうボクも中学生の頃は、日本は自衛隊すら持たず、戦争放棄を貫くべきだと思っていた。
軍隊も兵器も一切いらない、争いのない世界。それはとても素晴らしいものだと思う。
そう、それが実現”できれば”の話だけど。
実際問題そんなことは不可能なので、軍隊も兵器も存在する。
世界はそのようにして均衡を保っているのだと、現実を知るようになって考えるようになった。

 

さて、北京2日目の日、午後2時頃に故宮へ行くと、本日のチケットは売り切れたと言われて入場させてもらえなかった。

周りの地元の人も同じように入れなかったので、こればかりは仕方がない。
そこでボクは、故宮の外側を歩いてみた。
すると、一軒の現地旅行会社があったので、ツアーの相場を見てみることにした。
万里の長城が○元、天津が○元、というチラシを見てみると、店の人らしきおじいさんがボクに話しかけてきた。

おじいさん:「~~~~~(中国語)」

当然ボクはわからなかったので、

かいぬし:「我是日本人(私は日本人です)」

と、知っている数少ない中国語で答えた。
すると、おじいさんは自分の頭を人差し指で突きながら日本語でボクにこう言った。

 

 

おじいさん:「バカヤロ」


 

一瞬、何を言われたかわからなかった。
聞き間違えたのかとも思ったが、おじいさんの嫌そうな表情と、手でしっしっと追い払う仕草から、それが間違いでないと知った。
少なくとも、ボクはおじいさんに対して何も悪いことはしていない。
にも関わらず、おじいさんはボクが日本人だからという理由で、邪険にした。

 

昔、黒人の差別についてすごく不思議に思ったことがある。
同じ形をした人間なのに、肌の色が違うくらいでどうして差別なんてするのだろうかという、根本的な疑問だ。
とうの昔に奴隷解放宣言がなされたのに、一世紀を経てなぜいまだに差別する人がいるのだろうか、と。

でも、今回おじいさんに侮辱されて、ボクは分かったような気がした。
白人は、肌の色が黒いから差別をしているのではない。
白人は、肌の色が黒い人を差別をしてきたことを知っているから、差別をするのだと。
黒い肌を差別しているのではなく、黒い肌を差別していたことを引き継いでいるのだと。

 

要するに、肌の色そのものは問題ではないのだ。
肌が黒かろうと、黄色だろうと、緑でも紫でも金色でも、それ自体は差別の原因になりえない。
奴隷制があった時代に、肌の色が黒い者が差別の対象だった―――その事実が、今日の差別の原因になっているのだろう。
黒人の地位向上に務めたキング牧師は幼い頃、近所の白人の子どもと遊んでいた。
しかし、ある日突然白人の子の母親によって、一緒に遊ぶのを禁止されたらしい。
何も知らない子どもは、相手の肌の色が自分のものと違っていても差別はしない。
しかし、「黒人は差別されていた」という余計な情報がある人がいるせいで、差別は生まれているのだ。

 

話を戻そう。
おじいさんは、ボクという人間のことを全く知らない。
それでもボクに攻撃的態度をとった理由は、ボクが日本人だからだ。
“日本人”であることそのものは、決して差別の対象になりえない。
どこで生まれたかなど、本来は何の問題でもないのだ。
しかし、そこに余計な情報が挟み込まれることで、差別が存在する。
今回の例で言えば、中国政府が行ってきた反日教育がそれに該当するのであろう。

 

イスラム教のムハンマドも、キリスト教のイエスも、同じことを言っている。

「汝の敵を愛せ」

憎しみは連鎖するもので、どこかで断ち切らないと、それは無限に続くものだ。
だからこそ、自分のところでそれを打ち切りなさいと、聖者たちは言っている。
けど、ボクは綺麗事を言うのは嫌いだ。
ボクは聖者なんかじゃない。ただの器の小さい一匹の人間だ。
だから、自分に対して悪意や敵意を向けてきた人間を受け入れることなど到底できない。
だからボクは、綺麗事ではなく、現実的な路線で自分の気持ちを整理することにした。

 

ボクは、あのおじいさんが大嫌いだ。
なぜなら、ボクを嫌ったから。

 

ここで、中国人すべてを嫌ってしまっては、ボク自身をあのおじいさんと同じ立場に貶めることになる。
かといって、ボクはあのおじいさんの言動を受け入れることなど、全くできない。
だから、ボクは”自分を差別してきた人間”を差別する。
差別はそう簡単にはなくならない。でも、減らす努力はするべきだと思う。
ボクが中国人を嫌いになったら、その差別は”16億人分”になる。
けど、ボクはあのおじいさんを嫌ったから、それに比べれば差別は16億分の1、驚きの減少率だ。

 

人にはそれぞれの価値観があるから、自分と合わない人というのはどうしてもいると思う。
“嫌い”という気持ちを押しつぶすことは、限りなく難しい。
大事なのは、それを派生・拡大させないことだと思う。
目には目を、歯には歯を、悪意には最小限の悪意を。
ボクは平和を望む日本人なのだから、日本人らしく”専守防衛”で行こうと思う。

 

世界が平和でありますように。

 



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