【中編小説】もう一つの物語・下 -Merci beaucoup!-

【中編小説】もう一つの物語・下 -Merci beaucoup!-

 

こんにちはなの!モロくんなの!

こっけ~:「モロのかいぬし、こっけ~ですー。今日は小説の日!」

今回の話で、完結なの!

 

※ 前回までの話はこちら。

 

 




 

 

 

もう一つの物語

 

 

 

 

Merci beaucoup! ~ありがとうございました~

 

 

 

 

家庭内三者面談の後は、全てがあっという間だった。
両親は離婚し財産は折半、私と妹は母に引き取られることとなった。
母は教員に復職したので、金銭面で困ることはなかった。

 

「・・・というわけで、両親に報告してきました」
バックヤードにある休憩兼ロッカールーム。私は経緯を全てを男鹿先生に話した。
ちらりとロッカーを見ると、私のネームプレートはそのまま残されていた。
私が戻ってくることを信じてもらえていたみたいで嬉しい。(ただ、そのままにされていただけかもしれないけど)
さすがに離婚の話をしている時は男鹿先生も驚いていたが、それ以外は終始静かに私の話を聞いていた。
「そうか。では―――」
そこで男鹿先生が言ったことは、私の想像の遥か上を行くものだった。
「ショートケーキ用のスポンジケーキを作りなさい」
「・・・・・・は?」
思わず私は間抜けな声を出していた。数秒固まっていた後、
「し、失礼な発言申し訳ありません。で、ですが、他に何かないのですか?」
「聞こえませんでしたか? ショートケーキ用のスポンジケーキを作りなさい」
どうやら私の聞き間違いではなかったらしい。
男鹿先生は言うだけ言うと、部屋を出ていってしまった。
お洒落な店内とは違って冷たい印象の蛍光灯。カレンダーだけが貼られた無機質な壁。取り残された私。
「・・・・・・え、えーーーー!!??」
私は一人叫んだ。
「『そうか。』じゃないでしょ! 信じらんない! 他に何か言うことないの?」
文句を並べつつ、それでも自分のロッカーに向かって着替えようとする。
扉を開けようとして、そのネームプレートを入れる欄にある「古川」という文字が目に入った。
「私・・・。もう、古川じゃ、なくなっちゃったんだ」
お母さんは、あなたはもう成人しているんだし自分の好きな方の名字を使えばいいですよと言ってくれたけど、私は母の旧姓を選んだ。
自分で決めたことなのだけど、それでも20年以上使ってきた自分の名字が、もう自分のものではないという違和感。
「・・・って、感傷に浸ってる場合じゃない!」
ケーキ作りの基本は分量と時間。私は急いで着替えると、厨房へ向かった。

 

 

「さて、ここに2つのスポンジケーキがある」
オープン30分前、男鹿先生は今日のスタッフ一同(といっても8人だけど)をテーブルに集めた。
テーブルの上には2つの色違いのお皿の上に、見た目がそっくりのスポンジケーキが並んでいる。
「片方は私が、片方はふる・・・いや、菜摘くんが作ってくれたものだ」
全員の視線がこちらに向いて、私は軽く頭を下げる。
「今から全員に両方とも食べてもらうから、どちらが美味しいか選んで欲しい」
突然の2択クイズを提示されて、スタッフたちがざわついた。
それもそうだ。外してしまっては、男鹿先生の顔に泥を塗ることになる。
そんなスタッフたちの同様を察したのだろう。男鹿先生は頬を緩めて、
「なに、どちらを選んでも私は気にしないから気にするな。ちょこっと時給が下がるくらいだから安心してくれ」
そう言ってみんなの笑いを取った。
「実は、私が作ったケーキがどちらかは私にもわからない。さっき裏で米田が皿に載せたからな」
「いきなり『どちらが私のものかわからないようにケーキを皿に載せてくれ』っていうからびっくりしましたよ」
米田さんが大仰に肩をすくめた。
「あ、私切り分けます!」
一番新米の私がケーキナイフを手に取ると、
「菜摘くんは審査対象だから、ケーキに手を加えてはいけない。そうだな、米田切ってくれ。8等分だ」
「了解でーす」
米田さんが、私の手からケーキナイフを奪った。
手際よく8等分されたケーキが、フォークと共に小皿に載せられて、私の元にも運ばれてきた。
「わざと倒して置いてあるから。上にあるのが赤い大皿、下にあるのが緑の大皿から取ったケーキだ。途中でわからなくならないように食べるんだぞ」
米田さんが全員に伝える。
「それではいただこうか。いただきます」
男鹿先生の合図で全員食べ始めたが、私は緊張でとても食べる気にはならなかった。
もし、ここで圧倒的な差を思い知らされたら?
向こうは受賞経験もあるパティシエ、こちらはまだアルバイトを初めたばかりの新米だ。
「見た目は全く同じだね」
「うわー! どっちもおいしい!」
「私は上の方が好きだなー」
「そうか? 下もなかなか美味いぞ」
「男鹿先生、本当に時給下げないでくださいね」
みんなの反応は意外なものだった。私の作ったケーキは、どうやらいい勝負をしているらしい。
「菜摘くん、あなたは審査対象と同時に審査員でもある。どちらが美味しいか選んでくれ」
「は、はい!」
私は恐る恐る食べることにした。まずは上のケーキを一口サイズに切り分ける。
とてもふわふわで、卵黄の甘さが優しく舌に広がっていく。早い話が美味しい。
次に、下のケーキを口に運ぶ。上品な甘さでこれも美味しい。だけど・・・・・・。
「さて、それではそろそろ選んでもらおう。米田以外は、自分の小皿をスポンジケーキが乗っていた大皿の上に載せてくれ」
そして、ついに投票の時間となった。
みんなは、「どうしよう?」「悩む!」と言いながら、小皿を載せていこうとする。
私はその様子をなんだか見ていられなくて、うつむいていた。
「さて、私と菜摘くんが投票する番ですよ」
男鹿先生に言われて顔を上げると、5人が投票した時点で2対3といい勝負だ。
「それでは公平を期すために、我々は同時に指差しましょう。準備はいいですか?」
「え? あ、はい。わかりました」
「行きますよ? 3、2、1―――」

 

 

 

その日の仕事終わり。
私は着替えも終わっていつでも帰れる状態だったが、米田さんが翌日の仕込みを終えるのをロッカールームで待っていた。
男鹿先生も他のスタッフも全員帰り、時計の長針が1周した頃、米田さんが部屋へ入ってきた。
「ふー・・・っておわっ! 古川、まだいたのか!」
「あ、米田さん、お疲れ様です」
「お疲れ・・・ってそんなことよりこんな時間まで残って、一体どうしたんだよ」
怪訝そうな顔で米田さんが尋ねる。私は一呼吸を置いた後、意を決して米田さんに聞くことにしした。

「今日のスポンジケーキの件、あれってやらせですよね?」

私の質問に、米田さんはがしがしと後ろ頭を掻いた。そして、言葉を選んでゆっくり答えた。
「わかった、疑問があるなら全部正直に答えよう。何から聞きたい?」
「何からも何も、そもそも私が男鹿先生に勝てるわけないんです! あれは本当に私が作った方のケーキなんですか?」
男鹿先生と私の投票は、どちらも赤い皿に載っていたスポンジケーキだった。
そして、それは私が作ったもので、その結果4対3で私は男鹿先生のスポンジケーキに勝ってしまったのだった。
「そうだ。赤い皿に載っていたのは、間違いなく古川が作ったケーキだ。それは保証する」
「それは・・・おかしいです。だって、赤い皿のケーキの方が美味しかったのに」
そう。最初に食べたケーキに比べて、2つ目に食べたケーキは、スポンジの柔らかさがやや足りなかったのだ。
男鹿先生がそんな失敗をするわけがない。
「まさか、男鹿先生が手抜きを―――」
「いや、先生に限ってそんなはずはない。あの人はケーキに対して一切妥協しない人だ」
「だったらなんで・・・?」
私の疑問に、米田さんは慎重に言葉を選びながら答える。
「これはあくまでも俺の考えだけど・・・・・・先生は、悩み事があったんじゃないか?」
「悩み事?」
「あぁ。今日、先生がスポンジを作っていた時、なんていうか・・・雰囲気? みたいのがいつもと違ったんだ」

「料理には、作ったものの心が宿ります。あなたの作ったケーキには悩みがこもっていました」

先週、男鹿先生は私にそう言った。今度は、男鹿先生が悩んでいたというのか。
だとしたらそれは、
「そっか。私の両親が離婚したって話したから・・・・・・」
それを聞いて、米田さんは納得した顔をした。
「あー、だから先生、急にお前のこと下の名前で呼んだのな。俺はてっきり・・・」
そこまで言って、米田さんは口をつぐんだ。
「てっきり、なんですか?」
「いや、何でもない」
「何でもないってことはないでしょう? 言ってくださいよ、ほら!」
私が急き立てると、米田さんはバツが悪そうに言った。
「俺はてっきり・・・なんか男女の関係かなんかになったのかと」
「へ」
米田さんのあまりに突拍子もない勘違いに、私は間抜けな声が出てしまった。
「そ・・・そんなわけないじゃないですか!」
「だだだだって先生あの歳で結婚してないし、お前も先生のことは尊敬してるって言ってたし」
「そりゃ尊敬してますけどそれとこれとは話が違うでしょう!」
「仕方ねえだろ、そう思っちゃったんだから!」
米田さんが柄にもなくヒートアップした姿を見て私は思った。
「さては米田さん・・・・・・女慣れしてないですね?」
「な・・・!」
図星のようだ。
「それとこれとは話が違うだろう!」
必死になってる先輩を見て、私はおかしくなってきた。
「ふ、ふふふ・・・!」
「笑うなよ!」
「ふふ、ははは、あはははは!」
「笑うなって!」
「あー、おかしい。この業界、女の子けっこう多いはずなのに」
私が涙をぬぐいながら言うと、米田さんは真面目な顔をして答えた。
「俺も、お前と同じなんだ」
「え?」
「俺も、お前と同じで、全然違う道で生きてきたけど、先生のケーキに感動してこの店に入ったんだ」
そういえば、米田さんがこの店に入った話を、今まで聞いたことがなかったっけ。
「だから製菓学校行ってるやつよりも知識も経験もなかったから、入ったばかりの頃はものすごい辛い思いをしてんだ」
「・・・・・・米田さんも、随分苦労してきたんですね」
今ではこのお店の実質No.2、男鹿先生の片腕として働いていた米田さんでも、最初は辛かったんだ。
私がしんみりと言うと、米田さんは慌てたように付け加えた。
「いや、そん時は大変だったけど今はやっぱりパティシエになってよかったというか、だからそのさ、お前も、きっとよかったと思える時が来るよ」
一息で長台詞を言い終わった米田さんは振り返って、
「いや、親が離婚したのによかったは不謹慎か? でも・・・」
何やらぶつぶつと一人反省会を始めた。
「米田さんって・・・面白い人ですね」
私が何気なしに呟くと、
「は? え! どこが!?」
油に火を注ぐ形になってしまった。
今まではずっと寡黙で職人気質な人だと思ってたのに、こうも感情的な米田さんを見るのは初めてだ。
「そうか、米田さんはぶっきらぼうだったんじゃなくて、ただ単に女の人と話すのが苦手なだけだったのか」
「うるせぇ!」

 

 

その日、仕事に関係あることからないことまで、私は終電の時間まで米田さんと話した。
米田さんのここまでの道のりは順風満帆ではなくて、というかむしろ波乱万丈だった。
父親に進路を反対されたり、両親が離婚したりした私だけど、誰の人生にだって大変なことはあるんだ。
米田さんは天才なんかじゃない。それでも、多くの壁を乗り越えてここまで来た。
それなら、きっと。
「・・・・・・私にもできますかね、パティシエ」
話が一段落して生まれた空白の時間、私がポツリとつぶやいた一言。
そんな何の脈絡もない言葉に、米田さんは、
「は? 何言ってんだよ?」
眉を潜めて答えた。 そりゃそうだ。お店に入ってまだ1ヶ月にも満たない私なんかがパティシエを名乗るなんておこがましいにも程がーーー
「パティシエなら、もうなってるじゃんか」
「・・・え?」
「だって、スポンジケーキとはいえあの男鹿先生に勝ったんだぞ? お前はもう立派なパティシエだよ」

立派なパティシエ。
私がかつてなりたいと憧れ、大事なものを失ってまで手に入れようとしたもの。

「・・・私が、パティシエ」

そっか。私、自分の夢を叶えることができたんだ。

「あぁ。バイトはいえもうお客にケーキを提供する立場にあるんだし。それにーーー」
私の震え始めた声に気づかず、米田さんは話し続けていた。
本当に、この人は、女の人の目を見て、話せないから、すぐに気づかな、いん、だ。
「ふふ、ふふふ、ふえ~んふふふ、うう」
「ってうわっ! なんで泣いて・・・いや、泣きながら笑ってんだよ!?」
眼の前でいきなり泣き出した私を見て、米田さんは慌てふためいた。
「米田、さんの、せいですよお!!」
大声で泣くのはいつぶりだろう。
「な、なんで俺のせいなんだよ!」
「だって、米田さん、が、優しい、こと、言うからああ!」
親の前で、私はずっと”いい子”だったから、成績でも日頃の生活でも怒られることがずっとなかった。
友達の前で、私はずっと”しっかり者”だったから、部活の引退試合でも、みんなを励ます役割だった。
「だからって、なんで泣くんだよ!」
「ほんと、女心、わかってない!」
「知らねえよ!」
強い口調で言いながらも、こちらの様子をちらちらと伺っている米田さん。
「わかった、俺が悪かったから、頼むから泣き止んでくれ」
「・・・条件があります」
「条件?」
あまりにも不器用な米田さんを見て、私の悪戯心がむくむくと頭をもたげてきた。
「・・・私を抱きしめてください」
「はぁ!?」
「早く! 今すぐに!」
もう、今の私は、これからの私は”いい子”ではない。
私は両手を大きく広げる。
「いや、抱きしめるつったって・・・わぁ!!」
私は自分が思うように、自分らしく生きていくんだ。

 

 

と、そんなこんなで私は残りの大学生活をピント・フェライスでアルバイトしながら過ごして、卒業後に正規スタッフとしてそのまま就職。
それからは任させる仕事もぐっと増え、忙しいなりにも充実した毎日を過ごしていたというわけさ。
そして、一通り基礎を覚えた頃に、男鹿先生の紹介でパリのお店で修行させてもらえることになってね。
向こうでもたくさん勉強して、コンテストでいくつか賞もいただいちゃって、そして日本に帰ってきたら自分のお店を出したというわけさ。
え? 海外生活が大変だったじゃなかったかって?
んー、もちろん文化の差に戸惑うことはあったけど、何の縁か大学でフランス語学科だったからね。
いやあ、人生どこで何が役に立つかわからないものだね。
多分、中学の頃にバドミントン部だった経験も、ケーキの素材を混ぜるときの手首の強さに役立ってるかもしれない。なんちゃって。
あはは、そんな感じで私の話はおしまい! 長い話なのに、聞いてくれてありがとうね。
私がパティシエになるという夢を叶えたお話でした。めでたしめでたし!
・・・え? 今の私の夢?
うーん、そうだね。やっぱり父に・・・・・・お父さんにケーキを食べに来てもらうことかな。
・・・・・・あー! しんみりしないで! 別に死に別れたわけじゃないんだから。
こうやって学校の近くでお店開いてたら、そのうち噂が耳に届くかもしれないだろ?
だから、いつかきっと、例えば何年かしたらこの夢も叶うかもしれない。そう、思うんだ。

 

 

ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!
・・・ふー、初めてのお客さん相手に随分話し込んじゃったな。
最後の話はいらなかったかも。若干気まずそうだったし、ふふふ。
さて、ちょっと裏に戻って水でも・・・と、新しいお客さんだ。

いらっしゃいま・・・・・・

 

あら。

 

いつかきっとだなんて言ってたのに。

 

まさか今日叶うだなんて。

 

お客様、お一人様ですか?
・・・そうですか、腕にふるいをかけてお待ちしておりましたよ。
ケーキに塩を入れてしまったあの日から、十五年間も、ね。

 

 

 

 



ポチっと押してくれたら嬉しいです。


 

こっけ~:「この小説、八年前に上と中だけ書いたのに、下だけ書けてなかったんだ」

長い時間を経て、ようやく完結なの!

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