【中編小説】もう一つの物語・上 -Bienvenue!-

【中編小説】もう一つの物語・上 -Bienvenue!-

 

こんにちはなの!モロくんなの!

こっけ~:「モロのかいぬし、こっけ~ですー。土曜日は小説の日だけど、一日遅れてしまったー」

『キミと夏の終わり』に出てきたキャラクターの、番外編なの!

 

※ 『キミと夏の終わり』はこちら。

 

 




 

 

 

もう一つの物語

 

 

 

 

Bienvenue ~いらっしゃいませ~

 

 

 

 

「ありがとうございました!」
常連のお客さんを入口で見送って。
やぁ、いらっしゃいませ、新しいお客さん。
お一人様ですか? ではこちらの席へどうぞ。
あ、私の名前は星野 菜摘。この小さなケーキ屋の店長を務めています。よろしくね。
おっ、察しが良いね、そうその通り。”スター夏味堂”っていうのは自分の名前を文字ってつけたんだ。
開業して1年半。おかげさまでお店は連日賑わっていてありがたい限りだよ。
あ、もし迷惑じゃなかったら、私の話を聞いてもらえないかな?
・・・OK? ありがとう! じゃあ座って話そうか。ケーキは何がいい?
ショートケーキ? お、君はなかなか目が高いね。それは私が一番精魂こめて作った品だよ。
あ、別に他のケーキは手を抜いて作ってるわけじゃないからね?
よし、じゃあ座って座って。飲み物はハーブティーでいいかな? そのショートケーキによく合うよ。
それじゃ長くなるかもしれないけど、始めようか。あ、食べながらでいいから。まずはどこから話そうかな。
うーんそうだな、最初はこのお店のことについて少し説明しておこうか。
ここ、スター夏味堂は去年の春にオープンしたんだけど、そのお客さんの中心となっているのが近くにある高校、青陽学園高校の生徒たちなんだ。
君と入れ違いに出て行ったあのお客さんも、その高校の生徒なんだよ。
あ、生徒だったと言うべきかな。というの彼女は明日、引っ越しでこの街を出ていくらしいから。
それはいいか、それはともかく青陽学園高校は私の母校でもあるんだ。私の通った高校に少しでも恩返しがしたくて、近くにお店を開いたってわけ。
だから店のスタッフはもっと値段を上げた方がいいと言うけれど、学生たちが気軽に来れる値段設定にしているんだ。
え? いいことだって? ありがとう。でも私に経営の才はないのかもしれないね、ふふふ。
でも、ケーキを食べて笑顔になる彼らを見ると、それでもいいかなって思うんだ。
そして―――私が青陽学園高校の近くにお店を開いたのにはもう一つわけがある。
そのことを私はほとんど人に話したことはないけれど、さっきの女の子に話してみたんだ。
あの子を見ているとなんだか昔の自分を見ているみたいだったからさ。
だからあの子にも少し話してしまったことだし、君に話の続きを聞いてもらおうと思ってね。
なんだか話したい気分になっちゃって。あ、話は長くなると思うけど、本当に大丈夫かな? ・・・OK?
よし、それじゃあ話すね。私が青陽学園高校の近くにお店を開いたもう一つの理由。
それは、その学校にどうしても私のケーキを食べてもらいたい人がいるからなんだ。
その人の名前は古川 裕次郎。彼は青陽学園高校のベテランの教師。
聞いたことないかな? 15年くらい前に教育論を出版してベストセラーになったんだけど。
彼は、私がパティシエになるきっかけとなった人であり、そして私の父親だ。
今から話すのは、私がパティシエになるまでの物語―――

 

 

あれは私が中学2年生の冬、バレンタインの前日だった。
当時私は好きな人がいなかったので、あげる相手は父と、あとは自分たちが作ったものを交換しようといったクラスの女友達ぐらいだ。
その頃の私は料理を、ましてやお菓子作りなどほとんどしたことがなかったが、クラスメイトと約束した手前、何か作らなくてはならなかった。
そして無謀にも――当時の私は優等生で、プライドがあったのだ――手作りケーキを作ることにしたのだった。
「え~っと、材料は卵に牛乳、小麦粉に・・・」
私は本屋で買ってきた『Mr.男鹿の簡単にできる! おいしいケーキの作り方』という本を見ながら材料のチェックをした。
「最後にイチゴ・・・よし、全部あるな」
材料がそろったのを確認して、私はショートケーキを作り始めた。

 

そしてケーキは完成した。ちょっといびつな形だが、手先の器用さを生かして生クリームでうまくごまかしたのでそんなに目立たないだろう。
「できた・・・。ケーキを作るっていうのは思ったより大変なのね・・・」
慣れない作業をして気疲れした私は、洗いものもそこそこにその日は眠りについた。
そしてバレンタインデー当日。私はいつもより少し早起きして、前もって用意しておいた箱にケーキを入れた。
父にあげる分はそこから切り分けた。ホントはクラスメイト用と家族用と二つ作る予定だったのだが、ケーキ作りがあまりにも大変だったから一つで断念したのだ。
父がいつもと同じ時間に起きてきて、私は切り分けた手作りケーキを一切れ食卓に置いた。
「お父様、おはようございます! 今日はバレンタインデーなのでケーキを作ってみました。ぜひ食べてください」
うちは父が教師だったからか、とても厳しい家庭だった。父のことは”お父様”と呼ぶように教えられていた。
「おはよう菜摘。あなたがお菓子作りとは珍しいですね。しかし4月からは受験生、本業をおろそかにしてはいけませんよ」
「はい、お父様。それは重々わかっております」
「よろしい。それでは一ついただくとしましょう」
父がフォークを持ちケーキに刺したその時、そう言えば私は味見をしてなかったことを思い出した。
けれどちゃんと材料も手順も本の通りにしたのでおそらく大丈夫だろう。
私はやや緊張しながら父が食べるのを見ていた。父は食べ終わりそして言った。
その一言が全ての始まりだった。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです。ただ、ケーキならば塩より砂糖を入れたほうがよかったですね」

 

今思えば、あの言い回しは不器用な父なりの気づかいだったのだと思う。
しかし当時の私はそれを皮肉だと感じて、とても悔しい思いをした。
まさか砂糖と塩を間違えるだなんて、そんな初歩的ミスをするだなんて・・・。
私はしょっぱいケーキを学校に持って行けるわけもなく、代わりに登校中にスーパーでチョコレートを買っていった。
クラスメイトのみんなは手作りのチョコレートやケーキを持ってきていて、私は塾の宿題が忙しかったとか適当な理由をつけて、市販品のチョコレートを渡して誤魔化した。
クラスメイト達が作ったお菓子はみんな美味しくて、私は一層悔しかった。
そしてその日から、私のケーキ作りの特訓が始まった。
「まずはやっぱりショートケーキかな、材料もまだ残ってるし」
その日の放課後。私は家に帰るや否や台所に立つと、ケーキ作りのリベンジを始めた。
「卵が2つでしょ、薄力粉60gでしょ、そして、『砂糖』を60gっと」
そして出来上がったケーキは・・・というかケーキになるはずだったものは、不気味な形をしていた。
早い話が失敗だ。
「なんで本通りに作ってるのにうまくできないの! 『簡単にできる』って書いてあるのに! 嘘つき!」
私はうまくケーキを作ることができなかった苛立ちを本に、そして、
「Mr.男鹿のバカヤロー!」
著者に当たった。

 

 

 

その週末も。
私はケーキ作りに没頭していた。材料はなくなったので、買いに行った。
父が見かけたら勉強しろと説教されたかもしれないが、幸か不幸かその時の父は論文を書いて忙しかったために私は見咎められることはなかった。
最初は失敗作ばっかりだったケーキも、『おいしいケーキの作り方』に張られた付箋や引かれた下線の数に比例して着実に上手になっていった。
春休みに入ってからは毎日のように作り、私の成長スピードは一気に上がった。
本を見なくても完璧に作れるようになったし、自信をつけた私は友達にも食べてもらいついには「美味しい!」と言ってもらえるまでになった。
その時の嬉しさは今でも覚えている。自分の作ったものに美味しいと言ってもらえる嬉しさ。
悔しさから始めたケーキ作りは、いつしか私の趣味になっていた。
そして今まで漠然といい高校、大学に進学して就職すればいいかな、と思っていた私に夢ができた。
私は、パティシエになりたい。

 

中学3年生の7月、夏休み前。三者面談の日。私は決意を秘めて、その席に臨んだ。
「古川さんは、青陽学園高校の特進科が第一志望でよかったかな?」
当時の私は、まだ”古川”だった。今名乗っている”星野”とは母の旧姓だ。理由については後で話そうと思う。
とにもかくにもその時の私は・・・古川 菜摘は青陽学園高校を第一志望にしていた。
青陽学園高校の特進科は、県内の高校の中でもかなりトップクラスのレベルであり、そして父の勤め先の高校でもある。
春に一度希望進学先を聞かれた時、なんとなくそこを書いていたのだ。
しかし、今の私には夢があった。あの時とは違う。
「古川さんの学力なら大丈夫だね。ただ、3年生になってちょっと成績が下がったけれど、何かあったかな?」
「あの・・・」
先生の問いを、私は遮った。
「うん?」
「あの、私は・・・青陽学園高校には、行きたくないです」
「え? それはいったいどうして?」
先生は驚いた声を出した。私の隣で母も驚いている。私は理由を説明した。
「私、夢ができたんです。私は・・・・・・将来パティシエになりたいんです」
「ぱ、ぱてぃしえ?」
先生は不思議な声を出した。十数年前の日本では”パティシエ”という言葉は一般的ではなかったからだろう。
「パティシエというのは洋菓子職人のことです。私、ケーキを作る仕事に就きたいんです!」
「菜摘・・・」
母は驚いた声を上げたが、それを見ないようにして、
「だから、その、青陽学園高校じゃなくて、製菓の専門学校に通いたいんです」
私がそう言うと、驚きから立ち直った先生が唸った。
「うむむ、ケーキ作りか・・・。夢を持つのはいいことだ。しかし先生が思うに、たとえケーキ職人を目指すにしても専門学校ではなく一般の高校を出たほうがいいと思うぞ」
「な、なんでですか?」
反論が来ることは予想していたが、いざそれを言われると私は少しうろたえた。
「古川さんが夢を追う気持ちは応援したい。だけどもしも・・・今後違う道に進みたくなった時に、一般の高校なら軌道修正がきくが、料理の専門学校となるとそれが難しくなる」
「そんな! 私本気です!」
私は自分の熱意を理解されていないと思って、つい大きな声を出してしまった。でも先生は冷静に応えた。
「別に古川さんの気持ちが中途半端だとは思ってないよ。でも将来もしも・・・」
「私はパティシエになりたいんです!」
「・・・・・・」
先生は黙った。私は熱くなっていた。反対されるほどこちらもムキになってしまう、そういう年頃だったからかもしれない。
「お母様は、どうお考えですか?」
私の説得を諦めた先生は、母に話を振った。私は母の方を向かって言う。
「お母様! 私は真剣です! どうしてもパティシエになりたいんです!」
私は三者面談を始める前に、この場でパティシエになりたいということを決めていた。
そしてそれに対して母が反対する予想もしていた。しかし母の口から出た言葉は想定外のものだった。
「・・・私も今初めて聞いたので驚いています。しかし菜摘も菜摘なりに考えて出した結論ですので、一度家族でよく話してみます」
母は反対しなかったので、逆に私が驚いてしまった。母の言葉を聞いて先生は
「わかりました、私もそれがいいと思います。ご家族で一度ゆっくりお考えください。まだ時間はありますから」
逃げるように話をまとめた。

 

 

面談を終え廊下を歩いていた時、私は母に疑問をぶつけることにした。
「・・・お母様は、私がパティシエを目指すことに反対しないのですか?」
「菜摘は私に反対してほしいのですか?」
逆に切り返され、私は慌てて答える。
「い、いえ、そういうわけではないのです。ただ、その・・・」
面談の場であっさりと引き下がった母の真意が今一つつかめなかった。母は歩きながら言う。
「もちろん手放しで賛成したりはしません。でも貴女のことですから生半可な気持ちで言っているわけでないことはわかりました。それに、」
さらに付け加える。
「・・・貴女が、自分で何かをやりたいと言うのは初めてのことなので、嬉しいのです」
母は優しく微笑んでいた。

 

その日の夜、父も交えて話し合うことにした。
論文を書くのに忙しい父だったが、先月ようやく終わったらしい。
今日の教室のように、居間で三者面談が始まった。
「お父様。今日は学校で三者面談で進路のことについて話し合いました」
「そうですか。菜摘は確か、青陽学園高校の特進科を志望してましたね」
「・・・そのことについてなのですが」
私は一度そこで言葉を区切った。緊張を和らげるため深呼吸を一度はさみ、言葉を続ける。
「私は、青陽学園高校ではなく、料理の専門学校に進みたいです。私はパティシエに、ケーキ作りの仕事に就きたいんです」
一気に言い切った。父がどういう表情をしているか不安で俯く。
沈黙の時間が数秒流れた。私は不思議に思って顔を上げようとした、まさにその時。

 

「・・・何だと?」

 

低い声がした。私は一瞬それが誰が発したものかわからなかった。父は今までにそのように低い声を出したことなどなかったからだ。
しかし顔をあげたとき、私はようやくそれが父の発した言葉だとわかった。なぜなら父の顔が―――今だかつて見たことないほど強張っていたからだ。
父は、怒っていた。
私は固まった。思えば父の怒った顔を見るのはいつぶりだろう。私は”いい子”になろうと努力してきたから、怒られるようなことなど久しくしていなかった。
それに妹の櫻は、父の期待と・・・自分で言うのもなんだけど優秀な姉に対するコンプレックスに耐えきれず、優等生ルートからドロップアウトしていた。
だから私は妹の分まで父の期待を背負うことになり、それが私の”いい子”化に拍車をかけていた。
私は前に父に怒られた記憶をたどったが、いつ以来かを思い出すことはできなかった。父が次の言葉を発したからだ。
「専門学校に進みたい、だと?」
その言葉は声のトーンだけでなく、口調もいつもの父のそれと違っていた。父は娘の私にでさえ敬語で話す人だった。
私は喉がからからになって声が出なかった。でも、私には夢がある。私はなんとか声を絞り出した。
「は、はい。専門学校で、料理について専門の知識を・・・」

「馬鹿者!」

「ひっ!」
父が大声を出した。あのいつも温和な父が。私はもう何も言えなくなってしまった。
言いたいことは、伝えたいことは山ほどあるのに、口が開かない。
その時、横でずっと黙っていた母が口を開いた。
「貴方、まずはこの子の意見を一度聞きましょうよ。この子だってちゃんと考え・・・」
「そのような話、聞く耳など持つ必要ない!」
父はぴしゃりと言い放った。しかし母は続ける。
「この子だってちゃんと考えています。進むのはこの子なんですから・・・」
「金を出すのは私だ! 専門学校などくだらないものに払う金など一切ない!」
私の中で、何かが崩れ落ちた。
自分が真剣に目指している夢のための考えを、父は”くだらないもの”と言った。
私の中でたぎっていた熱い気持ちが、急速に冷めていった。
「・・・お父様」
「・・・なんだ」
もう、全てがどうでもよく感じられた。
「お気持ちよくわかりました。私は、青陽学園高校に進学します」
「菜摘・・・!」
母が横で息を飲んだ。父はまるでさっきまで何事もなかったかのように、いつも通りの穏やかな顔をしていた。
「そうですか、わかってくれて私も嬉しいです。一生懸命勉強するのですよ」
その声は普段と変わらない父のものだった。
「・・・はい」
私は捨てた。
将来の夢と、そのための熱い気持ちと。
そして父への尊敬の気持ちを。

 

 

私は青陽学園高校の特進科に進学した。
母はお菓子作り教室のことを調べてくれたが、特進科は月曜日から土曜日まで授業がびっしり入っており、日頃の予習や宿題をするだけで精一杯で、それどころではなかった。
長期休み中も、父に見つかった時何か言われるのが怖くてケーキ作りをすることはなかった。
私の周りで変わったことと言えば、父の出した論文が認められて出版されたことぐらいか。
少年期から思春期までの子供への教育方法らしい。なぜ”らしい”かと言えば、私は読まなかったからだ。
父と話し合ったあの日以来、私は父とほとんど言葉を交わしていない。
父のことを嫌うとか憎むとか、そういうのではない。
私は父に対して、関心を全くなくしてしまったのだ。つまりは赤の他人同然。
もちろん同じ家で過ごしのだから顔を合わせることもあるし、言葉を交わすこともある。
でもそれは事務的な会話や無機質な挨拶がほとんどだった。
そして高校生活3年が過ぎて、私は青陽大学に進学した。専攻は外国語学部のフランス語学科。
英語は高校3年間の間に猛勉強して十分できるようになったので、第二外国語を学ぼうと思ったのが理由だ。
大学では高校より時間の余裕が増えたが、私にはパティシエを目指す気持ちなど残っていなかった。
そして就職活動では何社か内定も貰い、世間では”一流企業”と呼ばれる大手商社に入社することにした。

 

そして『転機』は突然やってきた。
それは大学3年生の冬、21歳の時だった。
私は早々と就職活動を終え、穏やかな毎日を過ごしていた。
平日は学校へ行き、講義を受けて、家へ帰って。
長期休暇には同級生たちと旅行に出かけたりして。
そんな幸せな日々の、ある金曜日のこと。
その日最後の講義が終わり、私は友人たちと今からの予定について話し合っていた。
「今日は金曜日だし、みんなでどこか行きましょうか」
私が提案すると
「疲れたから甘いものなんてどう?」
「あ、だったら雑誌に載ってた坂江のケーキ屋さんに行きたい!」
「それ知ってる! なんか有名ななんとかさんがお店出したんだよね~」
とんとん拍子で話は決まった。
「それじゃあ坂江に行きましょうか」
私たち4人はこの街一番の繁華街、坂江に向かった。

 

「えーっと・・・『ピント・フェライス』、ここね!」
友達がお店の前で声を上げた。どうやらこのピント・フェライスというのがお目当ての店らしい。
「いやー、やっぱり美味しいお店は見た目もキレイね」
「美味しい、ってまだ食べてないじゃない」
「雑誌に載ってるくらいだから美味しいに決まってるわ」
くだらない会話をしながらお店へ入る。
店内は坂江という一等地にもかかわらず、スペースを広めに取って座席数が少ない。そしてその分
「うわ、やっぱり値段張るわね~・・・」
友達がメニューを見てつぶやいた。ケーキは単品で一番安いのでも600円から、飲み物とセットにすれば1200円にもなる。
しかしここまで来てお金をけちるのも貧乏くさいので、全員セットを頼んだ。
ほどなくしてウェイターがケーキを運んできてくれた。
「ねぇねぇ、今のウェイターかっこよくなかった?」
「あなたはいつもそればっかりじゃない」
「それよりも紅茶が冷めないうちにいただきましょう」
「色気より食い気ねぇ」
再びくだらない会話をかわした後、私たちは会食に入った。
高級感あふれる装飾が施されたフォークで、注文したショートケーキを切って口に運ぶ。
一口。

・・・・・・?

私の口の中が懐古の情で満たされる。この味は前にどこかで・・・
デジャブ。でもこのお店に来るのは初めてのはずだ、気のせいかもしれない。
また一口。

・・・・・・。

しかしまたよぎる懐かしい気持ち。この味はどこかで―――
「ここのケーキ、本当に美味しいわね」
「有名なパティシエが作ってるらしいわよ。えっと名前は・・・」
「メニューに書いてあるわ。男鹿 晴蓮ですって。フランスの競技会で賞も取っているらしいわよ」
友達の言葉。

男鹿 晴蓮。
男鹿、男鹿・・・

・・・もしかして!

「Mr.男鹿!?」
「きゃあ!」「わぁ!」「何?」
私はつい大声を出してしまって、3人が一斉にこっちを見た。
「ちょっとどうしたのよ、菜摘」
「あ、ごめんなさい。なんでもないわ・・・」
そうか、そうだったのか。
食べたことがあると思ったこのショートケーキの味。
それは私がかつて、彼のレシピをコピーして作った時の味。
私が夢を目指していた時の味。
それが引き金となって、私の頭の中に一気に過去の記憶が蘇った。
私にも、夢があったことを。
そしてその気持ちは、私の中の何かを変え始めていた。

 

 

長くなってきたからいったん中断しようか。ハーブティーのおかわりはどう?
お代はいらないよ、話を聞いてもらってるんだからそのお礼ってことで。
いらない? 別に遠慮しなくてもいいんだよ?
それで・・・どこまで話したっけ?
あぁそうそう、ピント・フェライスで男鹿先生のショートケーキを食べたとこまでだったね。ふふ、年取ると忘れっぽくなってダメだね。
あ、今何歳かなって想像したでしょ。これでも一応花も恥じらう二十代なんだからね。・・・まぁ、もうすぐ三十路だけど。
そんなことより、そう、あれはまさに”転機”そのものだったな。
今の私がパティシエをやっているからわかると思うけど、その日から私はまたパティシエを目指そうと決めるの。
でもね、その時はいい会社に内定もらってたし、21歳から始めて間に合うかどうかとかいろいろ不安があったんだよ。
それじゃあ続きを話そうか。でもその前に本当にハーブティーのおかわりいらないの?
・・・そうそう、遠慮しなくていいんだよ、はいどうぞ。うん、どういたしまして。
じゃあ今度こそ話を再開しようか。
“転機”となったあの日。あの日から私の本当の戦いが始まったんだ―――

 

 

 

続く

 

 



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