【小説・キミと夏の終わり】幕間・四:Song of Wheels

【小説・キミと夏の終わり】幕間・四:Song of Wheels

 

こんにちはなの!モロくんなの!

こっけ~:「モロのかいぬし、こっけ~ですー。半年に渡って連載してきたこの小説も、残り2話!」

このお話は、BUMP OF CHICKENさんの『車輪の唄』のオマージュなの!

 

※ 目次はこちら。

 

 




 

 

 

キミと夏の終わり

 

 

 

 

幕間・四:Song of Wheels

 

 

 

 

錆びついた車輪が悲鳴を上げている。
いつもならこれくらいの上り坂なんて余裕だけれど、今はそうもいかない。
なぜならこの自転車には俺の後ろにもう一人、俺の最愛の人が乗っているから。
近所の人から譲ってもらったこの中古の自転車は、もうあちこちにがたが来ている。
それでもおんぼろ自転車は二人分の重さを乗せて軋んだ音を立てながら、俺たちの体を明け方の駅へと運んでいた。
目指す駅はこの坂を上り切ったところにある。
ペダルをこぐ俺の背中にあいつは―――日向 葵(ひゅうが あおい)は寄りかかっていた。
伝わってくる確かな温もりが、葵がすぐ近くにいるという事実を教えてくれる。
俺が線路沿いの上り坂を必死にこいでいると
「もうちょっと、あと少し!」
後ろから葵の楽しそうな声が聞こえてきた。俺はその声に、今まで何度元気付けられてきただろうか。
俺は苦しい呼吸の中、「おぅ」と短く返す。
今日は8月31日。8月の、そして高校2年生の夏休み最後の日。
普段は人通りの多いこの道も、日曜日の早朝である今は人っ子一人見えなかった。
見慣れたはずの街並みは、とても静か過ぎて。これではまるで―――
「世界中に二人だけみたいだね」
これは俺の言葉ではない。葵のものだ。
自分が考えていたのとまったく同じことを葵も考えていて、それだけで俺はなんだか嬉しくなる。
「そう、だな!」
息を途切れさせながら俺は答えた。上り坂はあと少しだ。そして
「よっしゃ! 上りき、った・・・・・・」
「お疲れさ・・・・・・」
坂を上り切った時、俺たちは同時に言葉を失くした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
朝焼けが、朝の街を真っ赤に染めている。
太陽の光を反射してキラキラと輝く街。
坂の頂上に着いた俺たちを迎えてくれた朝焼けが、あまりに綺麗過ぎて。
いきなり現れた圧倒的なその美しさに不意打ちを食らい、俺は固く締めていた心が緩んでしまった。
「あはは、すごいキレイだねー!」
葵は俺の後ろで笑った。きっといつものように曇り一つない、それこそこの朝焼けよりも素敵な笑顔で。
俺は何よりもその笑顔が好きだった。あいつの笑顔のためなら、なんだってしてやれる自信がある。
だけど俺は振り返ることができなかった。
俺は、泣いていたから。
くそっ、昨日の夜自分で「明日はお互い泣きっこなし、笑顔で別れようぜ!」って言ったのに、情けない。
俺は泣いているのが葵にばれないようにと、気持ちを無理やり押さえつける。
なんとか平常心を取り戻した俺は、後ろを向かないまま葵に話しかけた。
「・・・・・・よし、出発するぞ」
「うん!」
離れていた葵の体が再び密着した。その温もりで再び溶けそうになる心を引き締めて、俺は再びペダルを踏む。

 

 

 

坂の上にあるこの私鉄の駅は、急行列車も止まらない小さな無人駅だ。
線路を挟むようにホームが二つあって、それを結ぶ歩道橋が一つ。
俺と葵は自動券売機の前に立って、その上にある路線図を眺めていた。
自転車が主な交通手段の俺は、路線図の一番端っこにある一番値段の高い切符の街のことをよく知らない。
たとえ県内にある街でも、かなりの距離があるからだ。
だから、この路線図にもないような遠くの街のことなんてもっと知らない。
「まずは豊徳駅だからー」
葵は券売機にお金を入れて、この路線の終点までの切符を買った。
しかし葵の目的地はその駅ではない。そこから新幹線に乗り換えて、さらに乗り継いで乗り継いで、そして俺が全く知らない遠い街へ行くのだ。
葵が切符とお釣りを受け取るのを横目に見ながら、俺は隣の券売機の前に立って硬貨を入れた。
普段電車に乗ることがほとんどないのでどのボタンを押せばいいか迷って、しばらく指が空中をさまよう。
そして少し外れたところに”入場券”とボタンの上にテープが張ってあるところを見つけたので、俺はそれを押した。
無人駅なのだからそんなものなくてもホームには入れるのだけど、俺は入場券を買った。
理由はよくわからない。今日はなんだかそういう気分だったからだ。
甲高い電子音と共に切符が出てきて、そしてお釣りがじゃらじゃらと出てくる。どうやら全部十円玉で出てきたらしい。
はぁ、と一つ溜息をついて十円玉の群れを鷲掴みして、俺はポケットへ乱暴にねじ込んだ。
そして切符を取ると十円玉を入れたのとは反対側のポケットに――すぐに使うのはわかってるんだけど――切符を大事にしまった。
俺が切符を買ったのを見て、葵は自動改札機にさっき自分が買った切符を入れた。
閉まっていた改札扉が開いて、葵は通ろうとする。その時
「うわ!!」
葵の驚いた声がした。何事かと俺が見ると、葵は改札にかばんの紐が引っかかって通れずにいた。
あのかばんは、付き合って一周年記念にと、俺がおととい買ったやつだ。クリーム色で端に小さくヒマワリの刺繍が入った、少し大きなかばん。
葵は紐を外そうとしたがどうやらうまくいかないみたいだった。そして助けを求めて俺の方を見る。
俺は目を合わせないで頷いた。改札に近づいて絡まってる部分に手を伸ばす。しかしその手を空中で止めた。
俺がこの紐を外さなければ、葵は行くことができないんじゃないか?
このままかばんの紐が絡まったままなら、葵はここから離れることができないんじゃないか?
一瞬そんなことを考えて、でもすぐに思い直した。そんなことあるわけないじゃないか。
たかだか紐が引っ掛かった程度で、電車の一本乗り過ごすことはあっても、引越しがなくなるわけない。
馬鹿なこと考えたなと俺は自嘲しながら、引っかかった紐をほどきにかかった。
だけど頭の中に、この紐をほどけば葵はこの街を離れる、という事実が離れない。
葵が離れる最後の過程を、自分自身が行うというのは皮肉なものだ。
かばんの紐は頑なに引っかかっていたが、ついに俺は自らの手でそれを外した。
葵が、ありがと、とお礼を言った。俺は目を合わせられなかった。

 

 

 

俺たちはホームにあるベンチに座った。始発の電車が来るまであと10分ある。
通勤ラッシュ時は混むこの駅も日曜日、しかもまだ午前5時過ぎの今は、俺たちの他に誰もいない。
俺と葵は黙っていた。思い出話の類は昨日山ほどしたし、お互い言いたいことは全部言い尽した。
だから今はただ、葵が横にいてくれるだけでよかった。それもあと少しで終わってしまうのだけど。
葵は今日引っ越すけれど、それは単身赴任すると言った父親に、家族全員で暮らしたいからとついていくことを選んだらしい。
だから必ずしも葵が引っ越す必要はなかったわけだ。
仮に俺が精一杯引き留めれば、葵は引っ越すのをやめるかもしれない。
けれどそんなことをしたら葵を苦しませてしまう。それに何より、俺は葵が選んだ道を尊重したい。
陳腐な言い方だけれど、俺は葵が幸せになることを一番に願っているから。
8分経った。最近はもうあまり見なくなった、古い掲示板の黒いカードがぱたぱた音を鳴らしてめくられていく。
そして『前の駅を出ました』というカードのところで止まった。俺と葵はそれをじっと見ていた。
「・・・・・・ありがとう」
突然、葵が口を開いた。
「え、何が?」
聞く準備ができていなかった俺は葵の方を見る。葵は正面を向いたままだった。
「全部。今日自転車で駅まで送ってくれたこと、あと昨日ボクを許してくれたこと」
「いや、許すもなにも・・・・・・」
俺は言いかけたが葵は
「ううん、だってボクはあんなにひどいことを言ったんだもん。だから今も『ごめんね』って言おうとしたんだけど・・・・・・」
そう言って俺を見た。目が合う。そういえば今日ちゃんと目を合わせて話すのは初めてかもしれない。
「そしたら翼はこういうでしょ? こういうときは『ありがとう』っていうのさ、って」
「・・・・・・あぁ、そうだな」
葵が言ったのは、俺たちが初めて出会った日に俺が言った言葉。
その時は何気なしに言ったのだけど、葵はきっと心の中にしっかり留めていたのだろう。
「それに何より・・・・・・今までボクと一緒にいてくれてありがとう。何回言っても言い足りないけど、これがボクの一番の気持ち」
そう言って葵は笑った。無理して笑ったのではできない、自然な表情で。
・・・・・・あぁ、そうだ。俺はこの裏表のない笑顔に惹かれて、葵のことをスキになったんだ。今さらながら思い出す。
「どういたしまして。でもお礼を言うのは俺もだよ。こちらこそ―――」
<まもなく1番線に電車が参ります。白線の内側にお下がりください>
俺が感謝の言葉を最後まで言い終える前に、駅の放送が入った。線路の先を見ると、電車がこっちに来ているのが見える。
それからは、全ての動作が単調なものに感じられた。
葵が立ち上がる。俺も横で立つ。俺たちは数歩歩き、ホームの端で並ぶ。
響くベルが最後を告げる。二人しかいないホームに電車が止まる。葵だけのためにドアが開く。俺はそれを黙って見る。
葵はかばんをもう一度肩にかけなおすと、一歩踏み出した。
ただの一歩じゃない。この街を離れて遠くへ行くための、何万歩より距離のある一歩。
その一歩を葵は踏み出した。下を向いていた俺は、葵の足が電車に乗るのを唇を噛みながら見ていた。
葵は俺の方を振り返った。そして明るい声で言う。

「約束だよ、必ずいつの日かまた会おう」

おぅ。
そう返したかったけど、口から出てこなかった。葵はいつも通りなのに、自分がつくづく情けない。
答えられず俯いたまま、俺は手を振った。
ドアが閉まる。葵は今、どんな表情をしているのだろうか。俺がそんなことを考えていた時だった。
「手紙書くよ! 電話もするよ!」
ドア越しで少し遠くから聞こえるけど、それでもはっきりと俺の耳に聞こえた声。
さっきまであんなに落ち着いていたのに、その声はいたく感情的で。
「忘れないでね、ボクのことを!」
俺は俯いていた顔を急いで上げる。しかし電車は走り出していて、葵の表情は見えなかった。
でも。
間違いじゃない。最後の言葉を言ったあの時、葵は・・・・・・

 

 

 

錆びついた車輪が悲鳴を上げている。
俺は電車が出た直後、改札口を飛び出して自分の自転車に飛び乗った。
線路沿いの下り坂を、俺は風よりも早く飛ばしていく。葵の乗った電車に追いつけとばかりに。
電車の方を見ると、葵はドアに背を向け立っていた。俺には気付いていない。
俺はとんでもない思い違いをしていた。葵も平気だったわけじゃない。無理やり気丈にふるまっていただけだったんだ。
それなのに俺は最後に、目を合わすことさえできなかった。
こんな別れ方だったら、きっと葵は今日のことを思い出すたびに悲しくなるだろう。
だから。
俺は下り坂で自転車を思いっきりこいでいた。スピードに耐えきれないと言わんばかりに前輪はぐらつき、音を立てる。
でももう少し耐えてくれ、せめて最後に、ちゃんと葵を送り出すまでは・・・!
下り坂を全速力で下るだなんて危険極まりない行為だけど、そんなの知ったことか。
俺は全力で自転車をこいで、精一杯電車と並ぶ。けれど自転車が電車にかなうはずもなく少しずつ、ゆっくり離されていく。
・・・・・・ドアが閉まったあの時、ドアの向こう側で葵は泣いていただろう。
葵の顔を見なくてもわかった。葵の声が震えていたから。
葵は電車の中で俯いたままで、まだ俺には気付いていない。
頼む、どうか気づいてくれ! 俺がそう願ったまさにその時だった。
葵は振り返って窓の外を見た。そして驚いた様子でドアに張りつく。俺に気付いたのだろう。
約束だよ、必ずいつの日かまた会おう。
さっき葵が言った言葉に答えるため、俺は力強く手を振った。
ホームで俺が言おうとした感謝の言葉は、最後まで言い切ることができなかった。だからその気持ちも込めて。
「ありがとう、葵! 心から感謝してる!」
俺は笑顔で叫んだ。葵に聞こえないのはわかっているけど、それでも叫んだ。
そして離れていく葵に見えるように、電車が見えなくなる最後の瞬間まで俺は大きく手を振った。

 

 

 

家への帰り道。俺はゆっくりと自転車をこいでいた。
太陽は高くなり、通りには人や車が増え、街は賑わいだした。
8月31日、世界は今日もいつもと同じように回っている。
けれどこの街に葵はもういないと思うと
「・・・・・・世界中に一人だけみたいだなぁ」
俺は小さくこぼした。俺の横を大型トラックが通り過ぎていく。
からからから・・・・・・。
平らな道をゆっくり走ってるだけなのに、自転車から変な音がしていた。
もしかしたらさっきの下り坂で無理をさせすぎたせいで、どこか壊れたのかもしれない。
「・・・・・・ありがとな」
俺は自転車に礼を言った。
もともと近所の人のお古でがたが来ていた自転車だ、そろそろ寿命かもしれない。
錆びついた車輪が悲鳴を上げ、この世界に一人残された俺を運んで行く。
1時間前には確かにあった温もりは、もうない。それがなんだかとても寂しくて。
必死に思い出そうとしたけど、感じられたのはかすかな温もり。本物のそれには遠く及ばない。
再び俺が確かな温もりを感じることはあるのだろうか。そう考えて思い出す、最後の約束。
そうだ、俺たちはまた会える。だって約束したのだから。
去年の約束だって守れたじゃないか。だから今回だってきっと。
「約束だよ、必ずいつの日かまた会おう」
俺は朝の街で一人つぶやくと、自分の家へ帰るため自転車のペダルを力いっぱい踏んだ。

 

 

 

続く

 

 



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