【小説・キミと夏の終わり】第十五話:ありがとうの印

【小説・キミと夏の終わり】第十五話:ありがとうの印

 

こんにちはなの!モロくんなの!

こっけ~:「モロのかいぬし、こっけ~ですー。今日も小説!」

3日連続更新なの!

 

※ 目次はこちら。

 

 




 

 

 

キミと夏の終わり

 

 

 

 

第十五話:ありがとうの印

 

 

 

 

目が覚めた。
ということは、私はいつの間にか眠っていたようだ。
目を開くと斜めの世界。そして体の右側に感じる温もり。
私が首を起こすと、それに気付いた翼が
「起きた?」
私に優しく声をかける。どうやら私は翼にもたれかかったまま寝ていたらしい。
「うん。なんか眠っちゃったみたい。もたれかかってごめんね、重くなかったー?」
「ううん、全然」
言葉を交わしながら、自分の置かれている状況を頭の中で整理する。
昨日は二人で花火大会を見た後、そのまま秘密基地でいっぱい話をした。
高校のこと、トモダチのこと、将来の夢、大きな希望、ずっと忘れないたくさん話。そしていつの間にか寝ちゃったんだ。
今日は8月31日―――出発の日。
「・・・・・・おはよう、翼」
「・・・・・・おぅ。おはよう、葵」
私の声が少しトーンダウンして、その理由が伝わったのか翼も同じトーンで答えた。
私は立ち上がって伸びをする。
「んー・・・! ぷはー! なんか久しぶりに気持ちよく寝れたなー」
「それはよかった。あ、そういえば寝言も言ってたな」
「はへ? ボクなんて言ってたー?」
「教えな~い」
「えー、なんでー!」
最後の日の朝もたわいもない会話。今日この街を離れるということが嘘のようだ。だけど
「さて、と。んで、いつ出発するんだ?」
「そうだなー・・・・・・」
それは紛れもなく、現実だ。私は眼下に広がる街を見た。
まだ日は昇っていないので暗いが、背後の空を振り返るとうっすらと明るくなってきている。
翼とは離れたくない。このままずっと一緒に、いつまでも二人の基地の中にいたい。
でもそれはできないこと、叶わない願い。
「一番最初の電車で出発しようかな」
いたずらに時間を延ばせば、離れられなくなってしまうかもしれない。
朝一番の電車でこの街を出る。それが私なりの、けじめ。
「・・・・・・わかった、なら駅まで送ってくよ」
「え、いいのー?」
「当然だろ?」
夜明け前で薄暗い神社の石段を下ると、一台の自転車が止まっていた。
今まで何度も後ろの荷台に乗せてもらった、車輪が少し錆びついた自転車。
「これに乗るのも、今日が最後かなー」
翼の自転車を見て、私はぽつりとつぶやく。
「そうだろうな。さすがに次は自転車を買い換えてると思うし」
「だよねー、でもなんか寂しいなー」
私は荷台の部分を優しく撫でた。
「今までありがとう、自転車君!」
「おいおい、こいでたのは俺だぜ」
「あ、そっかー」
そして二人して笑いあう。笑っている、と思う。私がうまく笑えていれば。
「でも『次は』って言ったけど、いつになるんだろな?」
翼がつぶやいた。私は腕組みをして考える。
「んー、古川先生の70歳祝いの同窓会とかー?」
「それって・・・10年後の8月だろ? 遠くねぇ?」
「あはは、そっか。でもその日には絶対会えるよねー」
次に会う日はいつになるかはわからない。でも
「10年後の8月にまた出会えるのを信じてるよ」
確かな日があれば、それを楽しみにして生きていける。
「そっか、じゃあ約束な」
小指を立てる翼。
「うん!」
私は自分の小指を翼のそれに絡めた。

 

 

 

私たちの乗った自転車は、夜明け前の街をすいすいと走る。
いつも車で込み合う線路沿いのこの通りも、この時間帯はすいていた。
ふと自転車の走る前方を見ると上り坂が見えた。傾斜は緩やかだけれど、それでも二人分の重さで上るには長い坂道。
「上り坂あるけど、降りようかー?」
私がそう言おうとした瞬間、翼が
「葵、絶対降りるなよ」
そう言って自転車をこぐスピードをあげた。
「うわ!!」
私はびっくりして翼の肩にぎゅっとつかまる。加速した自転車が坂道にさしかかった。スピードが一気に落ちる。
翼はさっき『絶対に降りるなよ』って言ったけど、やっぱり降りた方がいいんじゃないのかな。私はそう思った。だけど。
翼の背中に寄りかかるのがすごく心地よくて、離れたくなかった私はもうちょっと翼に甘えることにした。
自転車は坂道の半分を越えた。駅はこの坂を上り切ったところにある。坂の向こう側にある東の空が明るい。
翼が苦しそうに息をするのが聞こえて、私は翼を
「もうちょっと、あと少し!」
明るい声で応援する。翼は「おぅ」と返事をした。
線路沿いの上り坂を進む私たち。道には私たちの他に誰もいない。その様子はまるで
「世界中に二人だけみたいだね」
私は思ったままのことを口に出した。
「そう、だな!」
息も切れ切れになりながら翼は答える。翼に悪いと思ったけれど、もう上り坂のてっぺんまであと一歩のところまできている。
「よっしゃ! 上りきっ、た・・・・・・」
頂上にたどり着いて、私は労りの言葉をかけようとしたが
「お疲れさ・・・・・・」
目の前に輝く朝日の美しさに、途中で止まってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私たちはしばらく、美しい朝の景色を無言で眺める。
その時、私はあることに気付いて、何も言わずに翼の体から離れた。
ずっと寄りかかっていた翼の背中は、震えていた。
翼、泣いてるの?
私はそう言いかけようとして、昨日の夜に翼が言っていたことを思い出し、慌てて口を閉じた。
気付いても言わない方がいいこともある。だから私は代わりに
「あはは、すごいキレイだねー!」
明るい声で笑うことにした。翼の悲しい顔なんて見たくない。
背中にまた寄り添おうとも思ったけど、それはできなかった。
だって、私の体も震えてたから。
「・・・・・・よし、出発するぞ」
しばらくして、翼が前を向いたまま言った
「うん!」
私は返事をして、もう体の震えは止まったので翼に寄り添う。心地よい温もり。

 

 

 

駅に着いた。
「他にお客さんいないねー」
私は駅を見渡してつぶやく。
この駅は、駅員さんのいない小さな駅だから、駅全体が簡単に見渡せた。
「まぁ日曜日だし、朝早いからな」
翼は駅の入り口近くに自転車を停める。
私たちは自動券売機へ向かった。おもむろに路線図を見上げる。
私の降りる豊徳駅はこの辺りの中心である大きな駅なのでたやすく見つけられた。
といっても最終目的地はそこではない。豊徳駅から新幹線に乗り換えて、その後も何度か乗り継いだところに、引っ越し先はある。
私は千円札を券売機に入れると
「まずは豊徳駅だからー」
ボタンを押す。ピーッという音と一緒に切符とお釣りが出てきて、私はそれを取った。
隣の券売機でも翼が切符を買っていた。慣れない手つきで入場券のボタンを探す翼。
私はボタンの場所を教えようとしたけど、翼の横顔がなんだかとても切なくて、何も言えなかった。
翼が入場券の切符を買ったので、私は自分の切符を自動改札機に入れながら考える。
そういえば今日は翼の顔をまっすぐ見ていない。
秘密基地でも目が合うとすぐに逸らしてしまったし、自転車で駅まで来た時も翼の背中しか見ていなかった。
その時、突然肩が後ろに引っ張られて私は
「うわ!!」
声を上げてしまった。転びそうになるのをなんとか踏みとどまる。後ろを見ると、肩にかけたかばんの紐が改札機の入り口に引っかかっていた。
おととい翼が選んでくれたかばん。私は改札口に引っかけて、倒れはしなかったものの大袈裟なくらいつまずいてしまった。
私は引っかかった紐を外そうとしたけど、紐は改札機の溝に深く食い込んでいた。時間をかければなんとか取れると思うけど、その時一つの案を思い付く。
翼に取ってもらおう。今日はしっかり顔を見て話してないから、ほどいてもらえればそれを機に会話も生まれる。
普段なら何も考えずに顔を見て話すのに、今は目を合わせる理由がほしかった。だってこれが最後だから。
私はほどいてもらおうと思って翼の方を見た。すると翼は私が何も言ってないにも関わらず頷く。口に出さずとも伝わったのだろう。
だけどもう一つの目的でもある”目を合わせる”ことはなかった。翼はかばんの紐の方だけを見て、改札に引っかかった紐は外されてしまった。
「ありがとー」
「・・・・・・おぅ」
翼は返事をしたけど、やっぱり目が合うことはなかった。

 

 

 

ホームのベンチに座り、私たちは電車を待つ。
この電車に乗れば、次に翼に会えるのはいつになるかわからない。
けれど実感が湧かないまま、最後の時間は刻々と過ぎていく。
私たちは無言でいるけれど、話なら昨日たくさんしたからか、何か話さなくちゃ、という雰囲気はなかった。
不意に、ぱたぱたという音がして私はその方向、天井を見る。
そこには電子化されていない旧式の掲示板が吊るされていて、めくられていた黒いカードが『前の駅を出ました』というところで止まった。
「・・・・・・ありがとう」
私はぽつりと言った。
「え、何が?」
いきなり私が喋ったことにやや驚いた翼が聞き返す。
「全部。今日自転車で駅まで送ってくれたこと、あと昨日ボクを許してくれたこと」
私は翼の方を向かず、前を向いたまま話す。
「いや、許すもなにも・・・・・・」
翼が言いかけて
「ううん、だってボクはあんなにひどいことを言ったんだもん。だから今も『ごめんね』って言おうとしたんだけど――」
私はそこで翼を見た。目が合う。ようやく見れた、翼の顔。
「そしたら翼はこういうでしょ? こういうときは『ありがとう』っていうのさ、って」
初めて会った日に、翼が言った台詞。何かしてもらった時は「ごめんね」ではなく「ありがとう」と言うこと。
私は翼から初めて教えてもらったことを、最後の今も実践した。
「・・・・・・あぁ、そうだな」
「それに何より・・・・・・今までボクと一緒にいてくれてありがとう。何回言っても言い足りないけど、これがボクの一番の気持ち」
私は微笑んだ。いや、自然と笑顔になったと言った方がいいかもしれない。胸にあるのは、温かい気持ち。
「どういたしまして。でもお礼を言うのは俺もだよ。こちらこそ―――」
翼がそう言いかけた時。
<まもなく1番線に電車が参ります。白線の内側にお下がりください>
録音された構内放送が流れた。私は翼に向かって一度頷き、ベンチから立ち上がって白線の近くへ向かう。
ジリリリリリ、というベルの音と共に電車がゆっくりとホームに入ってきて、そして目の前で停まった。
正真正銘、ホントに最後の時間。
ここに来て私は、翼と離れなくてはいけないという実感が湧いてきた。
ようやくと言うべきか、今さらと言うべきか。
ドアに反射する翼の姿。私の視界は曇り始めた。
涙でぼやけた世界に、ドアが開いたのがかろうじて見える。
・・・・・・泣いちゃダメだ。
今泣いたら翼を困らせてしまうし、それに昨日翼と笑顔でお別れしようと約束したから。
ためらう暇など許されない。もう時間は走りだしたのだ。私はかばんの肩ひもをぎゅっと握りしめると、右足を前に出した。
電車とホームの隙間を跨いで、電車に乗る。なんともない普通の動作だけど、なんて大きな意味を持つ一歩だろう。
涙をこらえて振り返ると、翼は下を向いていた。
私はできるだけ暗くならないよう、いつもと同じ声を出す。

「約束だよ、必ずいつの日かまた会おう」

翼は顔を上げず、手を振ってそれに応えた。
最後にもう一度だけ翼の顔を見たかったけれど、もし目が合ったら泣きそうなのがばれてしまうからこれでいいのかもしれない。
プシュー。
私たちの間を、ドアが隔てる。目の前でドアが閉じた。その瞬間
「手紙書くよ!」
私の口から言葉が衝いて出た。湧きあがる衝動。
「電話もするよ!」
ぎりぎりまで高まっていた私の感情が、ついに爆発した。
耐えてきた思い、我慢していた感情が雪崩をうったように一気に溢れて
「忘れないでね、ボクのことを!」
一度決壊した心のダムから、言葉の洪水となって流れ出す。
翼が顔を上げたが、電車が動き出していて表情は見えなかった。
おそらく翼からも私の顔は見えなかっただろう。だったら気付かれなかったかもしれない。
今、私の目から涙が溢れていることを。

 

 

 

さっきまで翼の自転車で上ってきた坂道に沿って、電車はゆっくりと下っている。
私は零れ出る涙を必死で堪えていた。
笑顔でお別れしようと決めていたのに、最後の最後で果たせなかった。
唯一の救いはこの車両には他に誰も乗っていないことだ。
袖で乱暴に顔をこする。視界が少し晴れた。私はドアの窓から街の最後の風景を目に焼き付けようと外を見る。
朝焼けに光る早朝の街並み。車通りはほとんどない。
そして線路沿いの道を高速で移動している、何か。
もう一度袖で目のまわりを拭いてよく見てみると、その正体は―――
「翼・・・!」
私はドアにおでこを押し当てた。さっきまで上ってきたあの坂を、ものすごい速さで翼は自転車に乗って下っていた。
あんな猛スピードで走ったら転びそうになるのに・・・!
線路沿いの下り坂で、翼は風になっていた。私はさっきまで泣いていたのとは違う感情で、視界がまた曇り始める。
「涙が邪魔してよく見えないよ・・・・・・」
私は精一杯、目を凝らして翼の姿を見ようとするけれど、ゆっくり霞んでいく。
最後に記憶に繋いだ翼の姿。
翼は、手を振っていた。
大きく、力強く。私に向かって翼は手を振っていた。
私には翼の気持ちがしっかり伝わってきた。
最後まで心からありがとう、と叫んでいたことを。
翼も泣きたかったけど、涙をこらえて笑顔でさよならを言ってくれたことを。
電車は加速し、翼から離れていく。

 

 

 

―――もう、キミの姿は見えない。
それでも私は電車のドアに頭を押し付けたまま、しばらく外を見ていた。
「・・・・・・ありがとう」
この場にはいないキミに向けられた感謝の言葉は、誰も乗っていない列車の中で少し響き、そしてすぐに雑音にかき消された。
朝の日差しを浴びながら眠っている家々が、ものすごい速さで車両の外を流れていく。
私は目を閉じた。脳裏に浮かぶ、キミの最後の姿。
翼は最後まで大きく、強く手を振ってくれた。それは、さよならとありがとうの印。
私はその姿を心の中に大事にしまった。きっと忘れない。
そしてもう一つ、キミと最後に交わした約束。

「約束だよ、必ずいつの日かまた会おう」

何歳になってもこの約束は、けして忘れないだろう。
そして、絶対に守る。
1年後でも、10年後になろうとも、必ず会いに行くよ。
車内のアナウンスが、まもなく次の駅に着くことを伝えた。



「――以上で、私と翼の話はおしまいです」
私は話を終えた。
東京へ向かう新幹線の車内。窓の外の世界は相変わらず速い。
私は先週引っ越しを初めて聞いた日のことから今朝の別れの時まで、一気に話した。
聞き手となってくれたおばあさんは、終始笑顔で話を聞いてくれた。菜摘さんと古川先生のくだりではなぜか驚いた顔をしていたけれど。
「話を聞いて下さって、ありがとうございました!」
私の心は晴れやかだった。おばあさんに聞いてもらえたことで、私は前へ進める気がする。
「いいえ、こちらこそありがとう、葵ちゃん。素敵なお話だったわ」
「あはは、素敵だなんてそんなー」
私はペットボトルのキャップを開けてお茶を飲んだ。話続けて渇いていた喉を潤す。
<まもなく終点東京、東京です・・・・・・>
車内に流れる車掌のアナウンス。乗客が身の回りを片付け始めた。
新幹線はまもなく終点、東京駅に着こうとしている。

 

 

続く

 

 



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