【小説・キミと夏の終わり】第八話:一周年の日に

【小説・キミと夏の終わり】第八話:一周年の日に

 

こんにちはなの!モロくんなの!

こっけ~:「モロのかいぬし、こっけ~ですー。土曜日は小説の日!」

今回から『キミと夏の終わり』後半戦スタートなの!

 

※ 目次はこちら。

 

 




 

 

 

キミと夏の終わり

 

 

 

 

第八話:一周年の日に

 

 

 

 

8月31日、日曜日。
高校2年生の夏休み最後の日に、私は新幹線に乗って遠い街へと向かっている。
となりには豊徳駅のホームで会ったおばあさん。私の方から一緒に行こうと誘ったのだ。
今になって思えば、私は東京へ一人で行くのが寂しかったのだと思う。だって1時間前は感じられた温もりが、なくなってしまったのだから。
「それは先週の月曜日、8月25日に突然起きました」
私は淡々と言った。気持ちを込めると、泣いてしまいそうだから。
先週の月曜、8月25日。
そう、それはちょうど翼と付き合い始めて一周年の日。私は毎日が楽しかった。
私のクラスは2年生になってもクラス替えがなかったため、翼やあやめちゃんたちとも同じクラスでいられた。 1年経っても翼と私は相変わらず仲が良くて、たくさんの時間を一緒に過ごした。
お互いの親に付き合ってることも報告したし、私の妹の瑞希が翼の妹の美咲ちゃんと中学校で同じクラスだったこともあり、私達は家族ぐるみの付き合いだった。
さらに先月には、私が7歳の頃から病気で入院していたお母さんがついに退院した。以前に外泊の許可が出た事はあったけれど、今回は正式な退院だ。
私たち家族は、久しぶりに家族4人で暮らせるようになった。
いつまでもこの幸せな時間が続けばいいと思っていたのに。
「しかし、事件はやってきました」
そう口にしたものの、これを事件と呼んでいいのかどうかわからない。仕方のないことだったかもしれないし、自分で招いた出来事だったとも言える。
私はこみ上げる気持ちを抑えて、おばあさんへゆっくりと話し始めた―――

 

 

 

 

「はい、到着~」
「ありがと、翼!」
等間隔に電灯が並ぶ、午後7時の薄暗い住宅街。私は翼の自転車の荷台から降りた。
今日は8月25日、翼と付き合ってからちょうど1年になる。
翼はサッカー部の練習があったから長い時間一緒にいることはできなかったけれど、それでも部活の後に翼は私と会う時間を作ってくれた。
しかも練習で疲れているのに、私を自転車に乗せて家まで送ってくれたのだった。
「じゃあ葵、次の金曜日にな!」
「うん、またねー!」
私は笑顔で手を振る。今週の金曜日、8月29日はサッカー部の練習がお休みだから、一緒に買い物に行く約束をしたのだ。
時折こっちを振り返りながら自転車をこいでいく翼の背中が見えなくなるまで見送ってから、私は家のドアを開けた。
「ただいまー」
玄関に入ると、きれいに揃えられている黒い革靴が目に入った。お父さんの靴だ。
お父さんが私達と夕飯を一緒に食べることはほとんどない。大手の証券会社に勤めているお父さんは、毎日仕事で忙しくて帰りが遅いからだ。
「お父さんが平日なのにもう帰ってるなんて珍しいなー」
私はスニーカーを脱いで玄関に上がった。その時
ブチッ。
私のかばんの肩紐が切れた。
「うわー、ついてないなー・・・・・・」
このかばんは何年も使っていたからもう寿命だったのだろう。今度新しいかばんを買わなきゃいけないな、と考えながら私はリビングへ向かう。
「お姉ちゃんおかえりー」
「おかえりなさい」
リビングに入ると、瑞希とお母さんは夕飯を皿に盛り付けていた。
私はもう一度、ただいま、と二人に言って、流し台で手を洗った後二人を手伝う。
10年近く入院していたお母さんが退院して1ヶ月。帰って来た時に、おかえりと言ってくれるお母さんがいることが、それだけで幸せに感じられる。
今日の夕飯はお母さんの手作りのコロッケとマカロニサラダ。とても美味しそうだ。
机の上にご飯を並び終えて、お母さんが
「お父さんにご飯の用意ができたって伝えてきてちょうだい」
と言った。私は夕飯を作るのを手伝わなかったし、帰ってきてからお父さんに会っていなかったので
「じゃあボクが呼んでくるよ」
その役目を承り、お父さんの部屋へと向かった。
ドアを二回ノックする。
「お父さん、ご飯できたよー」
少ししてお父さんが部屋から出てきた。
「あぁ、ありがとう・・・・・・」
なんだか元気がないように見える。
「お父さんどーかしたの? 何かあったー?」
私が心配になって聞くとお父さんは
「うん、まぁ・・・・・・」
曖昧な返事をしてリビングへ向かう。一体どうしたんだろ?

 

 

 

「いただきまーす!」
両手を合わせて私は夕飯を食べ始めた。
「やっぱりお母さんの手料理はおいしーねー!」
「ふふ、ありがとう葵」
「これも~らい!」
「あー! 瑞希、それボクが狙ってたコロッケ!」
「へへーん、早い者勝ちだよーだ」
「こらこら食べ物でけんかしないの。まだいっぱいあるから」
家族4人で食べるいつもと変わらない楽しい食事。
―――の、はずだった。
「みんな、ちょっといいか」
食事も終わりに近付いた頃、お父さんが静かな低い声で言った。
そういえば夕飯が始まってからお父さんは一言も発していなかった。
お父さんは普段からあまり口数が多い方ではないけれど、お茶碗を見てみるとまだ一口も手をつけてない。
「なにー?」
私達の目線が集まったのを確認して、お父さんは口を開く。
「大事な話があるんだ」

イヤな予感がした。

前にもこんな事があったような気がするけど、いつだったか思い出せない。
お父さんは言葉を続ける。
「今日、会社から言われたんだ」
なぜだかわからないけど、次の言葉を聞くのが怖い。
リビングに、時計の鳴らすカチカチという音だけが響く。
お父さんの口が再び開いた。
イヤだ、聞きたくないよ・・・!

「転勤、することになった」

ドクン。
心臓が大きく波打つ。
転、勤・・・?
忘れていた記憶が甦ってきた。前にイヤな予感がしたあの日も、転勤の話だった。
お父さんが働く証券会社では、全国規模で転勤が多々ある。昔はそれで単身赴任していたらしい。
だけど私が7歳の時にお母さんが病気で入院してしまい、5歳の瑞希と私の二人だけを家に置いておくわけにもいかないので、私と瑞希はお父さんと一緒に暮らすようになった。
そしてお父さんが転勤になるたび、私と瑞希も引越しを繰り返した。
一つの街に大体2~3年、短い時は1年。
この街には高校の入学と同時にやってきて、1年半住んでいる。
「だけど、お前達はもう引っ越す必要はない」
「え?」
私はお父さんの言葉の意味がわからなかった。
「母さんも退院したし、それに葵も瑞希ももう立派な大人だ。だから私がまた単身赴任すればいい」
お父さんがゆっくり話す。その瞳は決意に満ちていた。
確かにそれなら私は引っ越さなくていいし、トモダチと、翼とこれからも一緒にいられる。でも、だけど・・・・・・
「・・・・・・そんなのイヤだよ」
私はぽつりと口に出していた。お父さんは驚いて私を見る。
「だが葵、それなら葵の友人や中田君と離ればなれにならなくてすむんだぞ?」
「わかってるよ。ボクだってみんなと離れたくない。だけど・・・!」
私はみんなの顔を見る。
「せっかくこうやって家族4人でご飯が食べられるようになったのに、またばらばらになるなんてそんなの、寂しいよ・・・・・・」
物心付いた時からお父さんは単身赴任していて家にいなかった。
お父さんと一緒に住んでいた時は、お母さんが入院していて滅多に会えなかった。
だけど先月お母さんが退院して、やっと4人で一緒の時間を過ごせるようになったのだ。
家族全員そろっての食事。私が幼い頃から願っていた夢がようやく叶ったのだ。それなのに。
「また4人一緒じゃなくなるなんて、そんなのイヤだよ・・・・・・」
私は膝の上で両手をぎゅっと握り締めて俯く。お母さんがおもむろに口を開いた。
「ありがとう、葵の気持ちは本当に嬉しいわ。けどね、瑞希も中学3年生だから受験もあるし――」
「ちょっと待って!」
お母さんの言葉を瑞希が遮る。
「私そうやって言われるのイヤなのよね~、なんか私のせいにされるっていうか?」
「いいえ、別に瑞希のせいにしてるわけじゃ・・・・・・」
慌てて答えるお母さん。すると瑞希は少し真面目な顔をして言った。
「それに私もお姉ちゃんと同じ気持ちだもん。また家族がばらばらになるの、ヤダ」
「瑞希・・・・・・」
お母さんとお父さんは顔を合わせる。
「っていうか、どっちみち私まだ志望校決まってないしね~」
頭の後ろで手を組んであっけらかんという瑞希。私には瑞希がこの暗い雰囲気を振り払うために、わざと明るい声で言っているのがわかった。
「どうします、あなた」
「うん・・・・・・」
腕組みをして考えるお父さん。瑞希が言う。
「何を迷うことがあるの? 私達がいいって言ってるんだから悩むことなんてないじゃない。家族思いの娘を二人も持って幸せだね、おとーさん!」
さらにお母さんが言葉を加える。
「私もこの子達がいいと言うなら異論はありません」
お父さんはしばらく腕を組んだまま考えていた。そして
「すまない、みんな・・・・・・」
頭を下げて言った。私は3人を代表してお父さんに答える。
「ボクらのことは気にしないで! ダイジョブダイジョブ♪」
お父さんが私達に直接言ったことはないけど、私は知っていた。
体が弱いお母さんの入院費や治療費を稼ぐために、お父さんは人一倍仕事を多くこなしているということを。
だから過酷なポジションにいて、何度も転勤を言い渡されても、文句一つ言わず一生懸命働いている。
だからこそ、そんなお父さんだからこそ私は着いていきたいのだ。
「それで・・・・・・引越しをするのはいつなんです?」
お母さんが尋ねる。
「それが、9月からの仕事だから、今週末にここを出ないといけない」
「今週? そりゃまた急だね~」
瑞希がびっくりした声を出す。私は気になったことをお父さんに聞いた。
「今週末の・・・・・・いつぐらいにここを出るの?」
「それなんだが次の月曜日は9月1日だから二人とも学校だろ。あまり慌ただしくならないよう、日曜日は丸一日かけて家の引越し作業を余裕を持って終わらせたい。だから土曜日の朝に出発しようと思っている」
「土曜日の朝、か・・・・・・」
よりによって次の土曜日に。だってその日は・・・・・・
「あ、そういえば今週の土曜日って夏祭りの日だっけ? 今年は行けないのかー」
私の考えていたことを、瑞希が残念そうに言う。
次の土曜日は8月最後の土曜日だから保穂夏祭りが開かれる。去年、秘密基地で来年も一緒に見ようと約束した花火大会の日だ。
それを思い出して、改めて翼と離れなくてはいけないという事実につきあたり、私の胸が痛んだ。
「じゃあ私、友達に電話しなくちゃ! ごちそうさま!」
瑞希は電話の子機を持ってリビングを出ていった。
「ボクも、ごちそうさまでしたー」
私はお皿を持って席を立った。流し台でスポンジに洗剤をつけているとお父さんが
「葵」
私を呼んだ。
「なにー?」
私はお皿を洗いながら、首だけ後ろを向いてお父さんを見た。お父さんは机に両肘を付いて手の甲を額に当てている。
「本当にすまない」
お父さんの言葉。暗いその表情に、私はあの台詞を言った。
「謝ることじゃないよ、別に悪いことしたわけじゃないんだからー。こういう時は『ありがとう』って言うんだよー」
言いながら翼のことを思い出してまた胸が苦しくなる。
「・・・・・・ありがとう」
そう言ったお父さんの肩は小刻みに震えていた。隣りではお母さんが手の平で顔を覆って声を押し殺している。
「・・・どういたしまして」
目頭が熱くなってくるのをこらえながら、私はお皿を水でゆすいだ。
引越しの日まで、あと5日。

 

 

 

 

 

 

「これが先週の月曜日に起きた”事件”です」
私はおばあさんにあの日あったことを説明した。
「ボクは引っ越すことになりました・・・・・・夏祭りの日の朝に」
「なるほどねえ。そんなことがあったのね」
はい、と私は短く答える。新幹線はあと1時間ほどで東京に着くだろう。
そして引っ越し先に行くために、更に新幹線を乗り継がなくてはいけない。
それだけ遠い所に行くのだ。翼のいるあの街から。
「後悔しているの?」
「・・・・・・え?」
おばあさんの急な質問に私は顔を上げる。
「葵ちゃんはお父さんに着いていくっていう自分の決断に、後悔しているの?」
「えっと・・・・・・」
私は答えに困った。なぜなら
「自分でも、よくわからないんです」
正直に自分の気持ちを話す。
「確かにお父さんに着いていくって決めたのはボクです。だけど一緒に引っ越すということは翼と離ればなれになるということで、でも翼と一緒にいるのを選べば今度は家族がばらばらになっちゃうし・・・・・・」
無言でうなずくおばあさん。私は続ける。
「だからよくわからないんです。ボクの決断が正しかったかどうか・・・・・・」
なんだか胸が苦しくなって私は一つ深呼吸をする。そしておばあさんに尋ねることにした。
「おばあさん。ボクは、ボクの決断は正しかったのでしょうか?」
私の問いに一度まぶたを閉じて考えるおばあさん。私は緊張して言葉を待つ。
おばあさんは目を開いて話し始めた。
「どちらかを選べばどちらかを失う。こういう選択は今回だけじゃなく、これからの葵ちゃんの人生にいっぱいあると思うわ」
「はい」
「でも人っていうのはね、どちらを選んでも後悔してしまうものなの。もう一方の選択の方がよかったんじゃないかって」
私はおばあさんの言葉を一言も聞き漏らすまいとしっかり耳を傾ける。
「だけど、もしその人が違う選択をしていたとしても結局後悔すると思うわ。だってどっちを選ぶにしろその人は何かを失ってしまうもの」
説得力のあるおばあさんの言葉。
「昔から『逃がした魚は大きい』って言うでしょ? 人は失ったものこそ大きく感じてしまうものなのよ」
「・・・・・・なるほど」
「だから葵ちゃんがすることは一つ。それは自分の選択が正しかったって思うこと。もう一方の選択の方が良かったなんて保証はどこにもないし、第一どれだけ後悔したところで過去へ戻ってやり直すことなんてできませんからね」
私はおばあさんの言葉の意味を、頭の中で何度も反芻した。
「・・・そっか、そうですよね!」
おばあさんの言葉にずっと私の心の中にかかっていたもやが一気に晴れていったようだった。
「お父さんに着いていくと決めたのはボク自身ですし、残るという選択をしなかったのもボクですもんね!」
もし私が翼を選んで残ったとしても、きっとお父さんと離れたことを後悔していたに違いない。
でも両方を選ぶことなんてできないし、むしろ選ぶ権利があっただけ私は恵まれた方だと言える。
私はおばあさんに話を聞いてもらってよかったと思った。
人を信じること。自分の選択が正しかったのだと思うこと。おばあさんからとても大切なことを教えてもらった。
「ボクは、自分の選んだ道が正しかったと信じます」
もう私の中に迷いはない。私は前を向いて生きていける。
おばあさんは笑顔で頷く。
「葵ちゃんは強い子ね。あなたならきっと大丈夫よ」
「はい! ・・・それにボクは約束しましたから」
「約束?」
「実は、この話はまだ終わりじゃないんです」
引越しの話を聞いた25日から今日までの1週間。この間に私の周りの環境はめまぐるしく一変した。
その時間はあっという間に過ぎていってしまったけれど、私にとってなくてはならない時間だった。
「話、まだ聞いて下さいますか?」
「もちろんよ。途中で終わってしまったら、気になって今晩眠れなくなるわ」
冗談めかして言うおばあさん。私は少しほっとする。
「それじゃあ続けますね。ボクは引越しの話を聞いた次の日、翼に電話しようとしたんです―――」
あの日から、激動の1週間が始まった。

 

 

続く

 

 



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